心理検査コラム⑦

知能観の変遷

法政大学教授
服部 環

1知能とは
人間は他の動物と比べて極めて高い思考やコミュニケーションが可能であり,それを知能(intelligence)が支えています。それでは,知能とは何か,と問われると学術的な定義は困難です。脳画像診断技術の進歩により,脳の各部位と心理的機能との関係が徐々に明らかになってきていますが,知能は人間の行動を説明するために構成された仮説的な概念(構成概念)ですので,物理的な測定はできません。そのために定義が困難なのです。はじめに代表的な定義を紹介しますが,知能の定義は,それを定義する心理学者の数だけあると言われています。
(1)専門家の定義
ビネー式知能検査が開発された16年後(米国で集団知能検査が開発された4年後)の1921年に,知能の定義を巡り,Journal of Education Psychology誌上でシンポジウムが開催され,当時の世界的権威14名が知能を定義しました。
その中でピントナーは「日常の目新しい状況へ自身を適応させる能力」,ソーンダイクは「真実や事実という観点から見て適切に反応する力」,ターマンは「抽象的な思考を持続できる力」,ウッドローは「能力を獲得する力」,ディアボーンは「経験から学ぶもしくは恩恵を受ける能力」,サーストンは「日常生活から判断して少なくとも3つの要素があるとした上で,本能的な適応を抑制する能力,その抑制された本能的適応を想像上の経験的試行錯誤を通して見直す能力,そして,修正された本能的な適応を,社会的動物としての個人にとって利益となるように,顕在的な行動へ変える意思の力」としています(服部 2021)。以上の定義はひとまず次のようにまとめることができるでしょう。
①「抽象的に思考する能力」
②「学習する能力」
③「環境へ適応する能力」
また,世界的に使用されている個別知能検査を開発したウェクスラー(1958年)は,「目的的に行動し,合理的に思考し,環境を効果的に処理する個人の全体的・総体的能力」が知能であるとしています。これは先の①から③を総合する定義とも言えるでしょう。
さらに,1994年12月13日付のWall Street Journalには人間の知能について学術的にわかったこととして,研究者52名(100名に依頼)の署名を得た声明が掲載されました(Gottfredson, 1997)。その最初の声明で知能は一般的な知的能力であり,特に推論する,計画を立てる,問題を解決する,抽象的に思考する,複雑な考えを理解する,迅速に学習する,そして経験から学習する能力であるとされました。
(2)操作的定義
知能検査で測定されたものが知能であるとするボーリングの定義があります(1923年)。知能を様々な能力に細分化しても,そのすべてを知能検査で測定できるわけではありませんので,ボーリングの操作主義の立場からの定義を無視することはできないでしょう。
ヴァーノンは遺伝要因が決定し,学習や適応を可能とする潜在的能力を知能A,その潜在的能力と環境刺激の相互作用による産物である学習,思考,問題解決などの人間が実際に見せる知的な行動を知能B,そして,知能検査で測定される知能Bの標本を知能Cと呼びました(1979年)。知能Cは測定された知能であり,操作的に定義された知能と言えます。
(3)辞書的定義
Colman(2001)は重要な特性を無視することになってしまうと断った上で,辞書を編纂する上では知能を単純に認知能力(cognitive ability)と定義するのが最善であろうとしています。知能構造に関する近年の研究でも,1990年代から,知能に代えて認知能力という語を使用した研究,書籍,検査が増えています。

2知能観の変遷と知能検査
知能研究における一つの大きな課題は知能の心理測定です。これは大量の検査データを収集し,因子分析を用いて知能(ヴァーノンの語を用いるなら,知能C)の構造解析を行うものです。因子分析にも多数の技法があり,その数学的整備が進むにつれて知能の構造モデル,つまり知能観が変遷してきました。知能の心理測定は知能検査の開発とも密接な関係があり,知能構造モデルに準拠して開発された検査も多くあります。次に紹介する研究は,知能の構造解析においてエポックメイキングとなったものです。
(1)スピアマン
1904年に自ら開発した因子分析を用いて古典,仏語,英語,数学,音の弁別,音楽の検査得点を分析し,検査が共通して測定する一般知能因子(g因子)と各検査が独自に測定する特殊因子の知能があるとし,これを知能の2因子理論と呼んでいます。スピアマンの研究は,その後の因子分析と知能の心理測定に関する研究の端緒となりました。
(2)サーストン
因子分析の数学的整備を進め,サーストンは57種類の検査得点を因子分析し,言語理解,語の流暢性,数,空間,連想記憶,知覚速度,帰納的推論という7つの知能因子を抽出しました(1938年)。これをサーストンの多因子理論と呼んでいます。
(3)ヴァーノン
因子分析を用いて知能構造を探求しましたが,それまでの平面的な因子関係とは異なり,階層的群因子理論を提案しました(1950年)。この理論は階層の最上位にスピアマンの一般知能因子を置き,その下へ言語・教育的因子(v:e)と空間・機械的因子(k:m)という2つの大群因子を置くものです。さらに,その下へ大群因子が支配する限定(narrow)因子と特殊因子を置いています。その後の研究では,言語・教育的因子の下に言語的,数的,推論,注意,語の流暢性などの限定因子,後者の下に空間的,精神運動的,反応時間,描画,手作業,技術的などの限定因子が置かれました。大群因子とされた2因子はウェクスラー式知能検査で仮定された言語性知能と動作性知能に類似しています。
(4)ギルフォード
ギルフォードは人が処理する情報の内容(content),情報へ加える心理的な操作(operarion),情報の伝え方の違いである所産(product)という3次元を組み合わせて知能の構造を説明しました(1956年)。この3次元を組み合わせると立方体になるので,このモデルはギルフォードの立方体とも呼ばれます。
ギルフォードは内容として図形的,記号的,意味的,行動的の4カテゴリ,操作として評価,集中思考,拡散思考,記憶,認知の5カテゴリ,所産として単位,分類,関係,体系,変換,含意の6カテゴリがあるとしました。したがって,3次元のカテゴリを掛け合わせると,総計120(=4×5×6)の知能因子が構成されます。その後(1976年),ギルフォードは内容を6カテゴリ(図形的を視覚的と聴覚的へ)としたので,総計150の因子が構成されました。
ギルフォードの構造モデルに立脚して,岡本・渋谷・石田・坂野(1987)は知能検査を開発しました。この検査は認知,記憶,拡散思考,集中思考,評価を測定し,学力検査とテストバッテリーを組むことにより学習支援システムの1つとして活用されています。
(5)キャッテルとホーン
キャッテルは多数の知能因子を流動性知能と結晶性知能に大きく分けました(1963年)。流動性知能は推論や単純な課題をすばやく正確に解く能力です。この知能は新規な場面で働き,20歳代をピークにして衰退します。他方の結晶性知能は語彙や知識のように,教育や文化の影響を受けて発達し,的確な判断が必要とされる場面で働くものです。この知能は20歳代を過ぎても衰退しないとされています。
また,ホーンはキャッテルの理論を拡張し,視覚的処理や処理速度などの知能因子を抽出しました(1966年)。
(6)キャロル
キャロルは総計460を越える先行研究の相関係数行列を階層的因子分析により解析し,3階層モデルを提案しました(1993年)。このモデルは最上位に一般知能因子,中間層に8の広範(broad)因子,最下層に広範因子を分離した69の限定因子を置くものです。キャッテルとホーンは一般知能因子の存在に懐疑的でしたが,三者が抽出した広範因子には共通点が多く,その後,1990年代末に三者の理論は統合され,認知能力の「キャッテル-ホーン-キャロル理論」もしくは「CHC理論」と呼ばれるようになりました。
キャロルは2003年に流動性知能(Gf),結晶性知能(Gc),視覚的知覚・処理(Gv),短期記憶(Gsm),長期記憶(Glr),処理速度(Gs),反応時間/決定速度(Gt),聴覚的処理(Ga),量的能力(Gq),読み書き能力(Grw)という広範因子からなるモデルを提案しました(図1)。

 

さらに,マグルーは広範因子へ一般知識(Gkn),触覚能力(Gh),運動感覚能力(Gk),嗅覚能力(Go),精神運動能力(Gp),精神運動速度(Gps)を追加しています(2005年)。
CHC理論に立脚して作成された個別式検査として,本邦ではカウフマン式テストバッテリー(KABC-II;Kaufman・Kaufman・日本版KABC-II制作委員会, 2013)があり,流動性知能(Gf),結晶性知能(Gc),視覚的知覚・処理(Gv),短期記憶(Gsm),長期記憶(Glr),量的能力(Gq),読み書き能力(Grw)に相当する広範因子を測定しています。また,米国ではKABC-IIの他にWoodcock-Johnson Tests(WJ IV;Schrank, Mather & McGrew, 2014)があり,流動性知能(Gf),結晶性知能(Gc),視覚的知覚・処理(Gv),短期記憶(Gsm),長期記憶(Glr),処理速度(Gs),聴覚的処理(Ga),量的能力(Gq),読み書き能力(Grw),一般知識(Gkn)に相当する広範因子を測定しています。
(7)フラナガンとマグルー
CHC理論は知能検査の開発に強く影響するだけではなく,既存の知能検査の結果を解釈する枠組みとして,アセスメントの際に利用されるようになりました(1997年)。それがクロスバッテリーアセスメント(XBA;クロスバッテリーアプローチ)です。知能検査はそれぞれ独自の解釈の枠組みを持ちますが,XBAはそうした検査独自の枠組みを超え,CHC理論という統一理論の下で広範囲に,そして詳細に認知能力をアセスメントするものです。
例えば,ウェクスラー式知能検査(バージョンIVまで)は長期記憶(Glr)や読み書き能力(Grw)を測定する下位検査がなく,カウフマン式テストバッテリー(KABC-II)は処理速度(Gs)を測定する下位検査がないですが,二つの検査を使用すれば,相互を補完してCHC理論の下で詳細な診断が可能となります。

 

<参考文献>
・Colman, A. M. (2001). Dictionary of Psychology. Oxford University Press.(コールマン, A. M. 藤永 保・仲 真紀子(監修) 心理学辞典 丸善)
・Gottfredson, L. S. (1997). Mainstream science on intelligence: An editorial with 52 signatories, history, and bibliography. Intelligence, 24, 13-23. http://dx.doi.org/10.1016/S0160-2896(97)90011-8
・服部 環 (2021). 「知能」 子安増生・丹野義彦・箱田裕司(監修) 現代心理学辞典 有斐閣
・Kaufman, A. S.・Kaufman, N. L.・日本版KABC-II制作委員会 (2013). 日本版KABC-II 丸善出版
・岡本奎六・渋谷憲一・石田恒好・坂野雄二 (1987). 新学年別知能検査 図書文化社
・Schrank, F. A., Mather, N., & McGrew, K. S. (2014). Woodcock-Johnson IV Tests of Cognitive Abilities Examiner’s Manual, Standard and Extended Batteries. Itasca: Riverside.